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東京地方裁判所 平成元年(ワ)703号 判決 1990年10月31日

原告 目代正子

原告 平岡和子

原告 安藤静子

右三名訴訟代理人弁護士 的場徹

被告 杉原隆

右訴訟代理人弁護士 高橋一成

同 小林清春

主文

一、原告らが、別紙物件目録一記載の土地、二及び三記載の各建物について各八分の一の共有持分を、同目録四及び五記載の各借地権について各八分の一の準共有持分をそれぞれ有することを確認する。

二、被告は原告に対し、別紙物件目録一記載の土地及び二、三記載の各建物について、昭和六一年一〇月一四日遺留分減殺を原因とする各八分の一の共有持分の各移転登記手続をせよ。

三、原告らのその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用はこれを七分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 主文一、二項同旨

2. 被告は各原告に対し、それぞれ金四二八四万八七五〇円及びこれに対する平成元年八月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3. 訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告らの請求をいずれも棄却する。

2. 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 別紙物件目録一ないし五記載の不動産及び借地権(以下「本件不動産」という。)は、もと、訴外杉原光男(以下「光男」という。)の所有であった。

2. 光男は、昭和五五年五月三〇日、公正証書遺言によって、本件不動産をすべて被告に遺贈した。

3. 光男は、昭和六一年五月二三日死亡した。

4. 光男の相続人は、同人の実子である原告三名及び被告の四人であった。

5. 被告は、別紙物件目録一記載の土地及び二、三記載の各建物について、相続を原因とする所有権移転登記をなした。

6. 原告らは、右遺言による遺贈は原告らの遺留分を侵害するとして、被告を相手方として、遺留分減殺請求調停事件を東京家庭裁判所に申立て、昭和六一年一〇月一四日、その第一回期日が開かれたことにより、被告に対し、遺留分減殺の意思表示をした。

7. 被告は、原告らが被告に対して遺留分減殺の意思表示をなした後である平成元年八月三一日、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)全部について、債務者を被告、抵当権者を訴外三銀保証キャピタル株式会社とし、債権額金一億五〇〇〇万円、損害金年一四パーセントとする抵当権の設定を行い、同年九月一日その旨の登記をなした。

8. 本件土地の評価額は、昭和六三年五月一日時点で三億四二七九万円である(本件土地について被告が借地権を有するとの被告の主張は否認する。)ところ、原告らは遺留分減殺の意思表示により、その八分の一の共有持分を取得しており、その価額は四二八四万八七五〇円であり、被告が、右持分の価額を超える債権額を被担保債権とする抵当権を設定したことにより、原告らが取得した各共有持分は、その交換価値を失ったものであるから、右持分の価額と同額の損害を受けたものである。

9. また、前項の不法行為に基づく損害賠償請求が認められないとすれば、原告らは、被告が本件土地全部に抵当権を設定したことにより、民法一〇四〇条二項、一項に基づき、共有持分の価額各金四二八四万八七五〇円の弁償を求める。

なお、本件の場合、遺留分権利者は、価額弁償を求めうると同時に、現物の返還も請求しうるものと解するが、右両者が選択的な関係にたつものと扱われる場合は、請求の趣旨3項の価額弁償を主位的な請求として取り扱われることを求める。

よって、原告らは被告に対し、本件不動産について各八分の一の持分を有することの確認及び別紙物件目録一記載の土地及び二、三記載の各建物について各八分の一の共有持分の移転登記手続をなすことを求めるとともに、主位的には不法行為に基づく損害賠償として金四二八四万八七五〇円及びこれに対する不法行為の日である平成元年八月三一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、予備的には民法一〇四〇条二項、一項に基づく価額弁償として右同額の、各支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1ないし7の各事実は認める。

2. 同8及び9は争う。

抵当権の設定行為のみでは価額の減少はいまだ具体化しておらず、損害または価額の減少は存在しない。損害または価額の減少は、抵当権の実行によって発生するものである。

なお、本件土地については被告が借地権を有しており、更地価額三億四二七九万円から右の借地権価額を控除すべきである。

三、抗弁

原告に対しては、次のとおり、光男から生前贈与がなされている。

1. 原告目代に対しては、昭和三〇年一〇月ころ、同女夫婦が、目黒区本町一丁目五七三番三〇、宅地、七二平方メートル及び同所、居宅、木造平屋建、二八・九二平方メートルを購入した際、代金五〇万円のうち半額の二五万円を光男が支出しており、この土地、建物の半額は光男の贈与によるものである。

そして、右目黒区本町の土地の半分の時価は三六〇〇万円であるから、右金額を生前贈与として算定するべきである。

2. 原告平岡に対しては、昭和五五年ころ、兵庫県芦屋市奥池南町二三-二の土地建物及び東京都下多摩に土地を購入した際、光男が金八〇〇万円を支出し、贈与したものである。

3. 原告安藤に対しては、昭和四四年ころ、または昭和五一年ころ、目黒区目黒本町四丁目九-一二所在の建物の建替資金として約三〇〇万円支出し、贈与したものである。

四、抗弁に対する認否

1. 抗弁1の事実は否認する。原告目代が、昭和三〇年、主張の不動産を代金五〇万円で購入したが、光男からはその際、二〇万円を借り受けただけで、その借入金も昭和三二年中に完済した。

2. 同2の事実は否認する。原告平岡の夫、訴外平岡比与志は、昭和四八年に主張の兵庫県の土地建物を、昭和五五年に多摩市内の土地をそれぞれ購入したが、いずれも右平岡比与志がその出費で購入したものである。

3. 同3の事実は否認する。原告安藤とその夫訴外安藤純一郎が自宅の改築をしたのは昭和五一年九月であり、改築費用はすべて右安藤純一郎が支出したものである。

五、再抗弁

被告は、昭和五九年から光男の現金、預金を預かっていたが、同年六月一一日から昭和六一年五月二四日までの間一三回にわたり、光男の預金を引き出して運用費消したものであり、右金額分は被告の受益として、光男の相続財産に持戻されるべきである。

六、再抗弁に対する認否

否認する。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、請求原因1ないし7の各事実については、当事者間に争いがない。

二、次に、抗弁1ないし3の各事実につき判断するに、これを認めるに足る証拠はない。

被告作成の陳述書である乙第三号証及び被告本人尋問の結果中には、抗弁1ないし3の各事実に沿う内容の部分があるが、いずれも光男からの伝聞ないしは被告の推測に過ぎず、これを裏付けるに足る証拠もない。

三、以上によれば、本件不動産のうち本件土地を除く建物及び借地権については、原告の請求は理由がある。

四、そこで、原告が本件土地に関して請求する持分各八分の一の所有権確認請求、移転登記手続請求、不法行為に基づく損害賠償請求及び民法一〇四〇条二項、一項に基づく価額弁償請求の関係につき検討する。

1. まず、本件土地について、持分各八分の一の所有権確認請求及び移転登記手続請求が許されることは問題がない。

2. 次に、本件土地につき、原告が、民法一〇四〇条二項、一項に基づく価額弁償の請求をすることができるか否かにつき検討するに、遺留分減殺請求権は形成権と解すべきであり、減殺の意思表示がなされた時点で遺留分侵害行為はその部分の限度で遡及的に効力を失い、不動産については受遺者と遺留分権利者がそれぞれの持分割合で共有する関係に立つことになるから、それ以後は右によって新たに形成された権利関係を基礎にして物権・債権的な関係を生ずるに過ぎず、更に遺留分に関する民法の規定を適用する余地はないと解すべきである(なお、民法一〇四〇条一項が「減殺を受けるべき」と規定し、「減殺を受けた」と規定していないことも、減殺の意思表示後の権利移転及び権利設定の場合には適用されないことを示しているとみることができる)。したがって、受遺者が遺留分権利者の持分部分を含めて当該不動産に抵当権を設定したとしても、それは共有持分権者の一人が他の共有者の持分を含めて共有物全部に抵当権を設定した場合と同様に解すべきであって、一〇四〇条の適用を認めることはできない。

なお、減殺の意思表示後の権利移転及び権利設定の場合には、権利を譲り受け、または権利の設定を受けた第三者と遺留分権利者の関係は、登記の有無によってその優劣を決すべきであり(最高裁昭和三五年七月一九日判決)、右第三者が先に登記を経た場合には、遺留分権利者はその権利移転または権利設定を第三者に対して主張できなくなるが、これによって損害が生じた場合は、受遺者に対する不法行為に基づく損害賠償請求により解決されるべきである。

五、そこで、以上を前提に本件について検討する。

1. まず、本件土地につき、原告らが各八分の一の持分を有することの確認及び被告に対し、各八分の一の所有権移転登記手続を求める部分は理由がある。

2. 次に、不法行為に基づく損害賠償の点については、被告が原告らが被告に対して遺留分減殺の意思表示をなした後である平成元年八月三一日、本件土地に抵当権を設定したことについては当事者間に争いがなく、右事実によれば、被告には原告らの持分部分についても抵当権を設定することの認識があり、原告らに損害が発生した場合にはその損害の発生について故意または過失があったものということができる。

そこで、原告に損害が生じたと言えるか否かにつき検討するに、被告が原告らの持分について抵当権を設定したことにより、原告らは、その持分部分の担保価値を利用することができなくなっており、たとえば、持分部分を担保として新たに借入れをすることなどが事実上不可能となっているが、抵当権が実行されていない段階では、右のような不都合だけでは原告に具体的な損害が発生しているとはいえないと解すべきである。すなわち、抵当権が実行され、原告らの持分を含めて競売された場合には、その持分の価額に相当する損害が原告らに発生したと言えるが、抵当権が実行されていない段階では、原告らに、その持分部分に抵当権を設定して借入れをする具体的な予定があり、かつ、その予定を実行するにあたって被告が設定した抵当権の存在が支障になり、一定額の支出を余儀無くされ、または得るべき一定額の利益を得られなかったという事実が存しない限り、原告らに損害が発生したものと認めることはできないというべきである(なお、原告らは、その持分の交換価値、すなわち価額をもって損害額であると主張するが、抵当権を設定したという事実だけでは持分の交換価値全部の損害があったということはできず、採用できない)。

六、以上によれば、原告らの請求は、本件不動産につき、各自八分の一の共有持分及び準共有持分を有することの確認及び別紙物件目録記載の土地、建物について各八分の一の共有持分の移転登記手続を求める限度で理由があるからこの限度で認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 金村敏彦)

<以下省略>

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